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コロボックリの物語
2008-01-28 Mon 13:24
捨てがたい後ろ姿


影が素敵でしょ?


コロ靴


後ろ姿2





後ろ姿のころちゃんだ



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栃木酒応援企画「銘酒で一皿」【1】たわら寿
2008-01-19 Sat 17:19
蔵元招き酒会を主催

季節に合わせて
酒、料理を提案


たわら二人
3代目・利尚さんと妻の香織さん


たわら室内


 昭和35年、初代が「たわら寿司」を大田原市山の手に開き、昨年12月2代目・遅沢直美さんと3代目・利尚さん(30歳)が同市中田原に「たわら寿」と屋号を変え、寿司屋から創作和料理中心の店へと移行した。
 3代目は、料理専門学校卒業と同時に東京で5年修業を積んだ。「高校のころから回転寿司が増え、スーパーでも寿司が売られ出前数も減りましたから」学校では和食を学んだ。和の食材を洋の手法で調理し、自ら「ほとんどの料理が変化球」という同店の人気メニューは、チーズの味噌づけやワサビが決め手の牛ステーキ、シーザーサラダ、イタリアン茶碗蒸しといったカジュアル系の創作和料理が目をひく。「説明がないと何を食べているか分からない」ため、パートナーの香織さんが一品一品料理を説明しながら運ぶ。
 3代目が日本酒に目覚めたのは約7年前。専門書を読み、自ら全国の試飲会や酒会、酒蔵見学に行った。「当時県内の酒会は酒を飲ませるだけのもので、蔵元との交流などありませんでした。無ければ自分で作ろう」としずく会を主催、年4回程度開き20回を数える。毎回40人前後が参加。告知にはインターネットのほか手書きの「たわら通信」を郵送している。次回は2月予定。
 「料理には季節があるのにどうして酒は変わらないのだろう」と現在は県内5軒の酒屋と取引。蔵元と交流が頻繁になった今でも「蔵元を育てるように、頑張っている酒屋さんは応援したい」ので、酒蔵との直取引はしないと3代目。日本酒は栃木酒を中心に定番10種類ほどと、季節により入れ替える酒20種類を常時在庫する。焼酎は50種類ほどで、「似たような味の焼酎はおいていません。焼酎も日本酒も好みを言っていただければ提案できます」。銘柄を揃えただけではないと胸を張る。





おすすめ酒




店主おすすめの酒

天鷹酒造の「天鷹心」
燗酒(45度程度)がおすすめ。葉わさび漬けや塩辛等に合う。
渡辺酒造「旭興しぼりたて本醸造」 冷やで。川魚に特に合う。今はカジカが旬。
菊の里酒造「大那初しぼり特別純米」 冷やで生ガキや肉類に。

たわら寿
水曜、第3火曜日定休
http://www5d.biglobe.ne.jp/~tawara/
大田原市中田原248
☎0287・22・2023





【2008.01.18 tochigiasahi 2】






 
 
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栃木県産業技術センター食品技術部微生物応用研究室  岡本竹己さん 酒楽考番外編(下)
2008-01-09 Wed 10:33
岡本さんとおばちゃん
現役の栄養士で、県内酒造メーカーで六年間酵母の分析・培養を行ってきた小池圭子さん(左)が助手を務める


美酒支える県酵母

 元来日本酒には、米の持つ地味な香りしかなく、ワインのようなフルーティーな香りはない。香りを持つ吟醸酒を誕生させた背景には、日本醸造協会の協会系酵母7号、9号があった。
 酵母は、酒造りの主原料ではないが、酒の味や香り、質を決定づける重要な鍵を握る。明治以前は、麹と水を合わせる過程において空気中に自然に存在する酵母を取り込むなど、酒蔵に住み着いた「蔵つき酵母」に頼っていたため、株が一定せず科学的再現性が無く、醸造される酒は品質が安定しなかった。
 明治44年、日本醸造協会は、全国新酒鑑評会などで優秀と評価された酵母を採取し、純粋培養し頒布。昭和50年代に吟醸酒が消費者に受け入れられると、協会酵母のほかにも高エステル生成酵母、リンゴ酸高生産性多産酵母といった高い香りを出す酵母が多数バイオ研究所や大学等で開発された。平成に入り静岡酵母や山形酵母なども高く評価され、栃木県産業技術センター食品技術部微生物応用研究室でも昭和60年代、関東圏内でいち早く酵母研究に着手した。
 20年前、同研究室に入って3年目だった岡本竹己さん(45歳)は、県内蔵元から酵母開発の要望が強かったことから、独自性を出し全国新酒鑑評会での入賞率を上げることを目標に研究を始めた。
 「古い蔵には独自の酵母が住んでいる」と当たりをつけ、蔵の柱を削ったり酒蔵内にいくつも酵母の入っていない酒毋(できあがった麹、何も手をつけていない蒸し米、水が一緒になったもの)のフラスコを設置し蔵に住み着いている酵母菌が飛び込んでくるのを待ち、そこからわき出したものなどを試験所に持ってきては分離、選抜し、酒造りに使える酵母を選んでいく方法と、世代交代を繰り返すうちに生まれた突然変異種を採取するなどして選抜。5年の歳月を掛け最終的には20種類ほどの酵母菌に絞った。20種類の酵母菌を使用し、県内の酒蔵で実際に酒を造り、さらに振るいに掛け、現在2種類が残っている。

酵母だよ


 「単純な選抜では限界がありますので、細胞融合などで少し香りを高くするなど特徴を付けました」。現時点では、T―デルタ(平成元年に県内醪から分離、9号系、泡有り、酢酸イソアミル(エステル)の軽い甘い吟醸香、バナナ香)、T―1(T―デルタの変異種、カプロン酸エチル、生産性高い、酸生成やや多い、リンゴ香)、T―S(昭和六十三年に県内蔵元より分離後泡無し可、酸生成少ない、キレ早い、エステル系香り、純米酒向き)、T―F(T―Sの変異株、カプロン酸エチル。生産性極めて高い、後半のキレにやや不安あり、生成酒の低温管理が絶対不可欠)の四種類を培養、頒布している。
 県内蔵元は零細企業が多く、分析・培養設備が整っているのはわずか7、8社のみで、大多数の蔵元は同研究室を利用、酵母菌のブレンドなどで自らオリジナル酵母の研究を行う社もあり、岡本さんは技術指導及び支援を行っている。

〈酒楽考おわり〉




【2007年12月7日1面掲載 記事・写真/野田武志】



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酒々楽会会長の目加田功士さん 酒楽考番外編(上)
2008-01-09 Wed 10:25
めかたさん
店内真ん中には年代物の佐瀬式の槽(ふね)を配置。中には酒器なども展示
=宇都宮市一番町の目加田商店で



栃木酒応援は専門店の使命

 栃木の日本酒に興味のある酒販店16社が集まり、平成14年に結成した酒々楽(ささら)会。同会は、定期的な勉強会を開くとともに、平成17年から「栃木の美酒と出会う旅」とした集客600人規模の酒の会を毎年開催している。代表を務める目加田功士(めかたたかし)さん(52歳)は、10年前に栃木の地酒応援団を立ち上げ、地元ホテルを会場に北海道の酒と栃木の酒、甲信越の酒と栃木の酒等といった飲み比べ試飲会を活発に行ってきた。「新潟の酒は旨いけれど、栃木の酒はちょっと」と二の足を踏んでいた消費者の意識改革が狙いだった。全国の有名銘柄を百種類ほど集め精力的に行った。
 今年の全国新酒鑑評会では、金賞受賞率が全国3位とレベルの高い美酒揃いに成長した栃木酒。その高い技術力の構築には「若い蔵元たちのガラス張りの研修会が結実したもの」と話す。「仕込み情報を互いに交換。ここまで蔵元同士が情報を出し合い、研究している県はないと思います。ですから、飛躍的な技術革新につながっているのでしょう」と、下野杜氏の活動に目を細める。
 前任の県酒造組合事務長から「これからの栃木の酒をどうしよう」と相談を受けた際、事務所に隣接してスペースがあいていたため、ワンドリンクで酒を飲ませるアンテナショップを作ったらどうかと提案。県酒造組合からも快諾。現在の酒々楽が生まれた。
 「製造元の酒蔵だけがどんなに良い酒を醸しても、発展することは難しいと思います。地酒を応援するには、酒販店自身が栃木酒への認識を深めなければ」と、5年前から2カ月に一度くらいの頻度で蔵元を呼び、酒の勉強会を定期的に開催してきた。「蔵元の趣旨や個性を知ることも大切なことです」。
 酒々楽会発足言い出しっぺの目加田さん。「県内全域までは難しいので、宇都宮の小売酒販部青年部を中心に賛同者を募りました。小売店も後継者不足といった問題を抱えていますから」当初より会員酒販店は減った。
 目加田さんが地酒に取り組み始めたとき、新潟の酒が黄金時代だった。「全国の有名銘柄を店頭に並べ売り上げを確保したいというのも理解できますが、栃木の蔵元の思いも分かるし置かれている状況も分かりますから、地元の酒を発信するのが基本だと思っています。地元の酒は、自分の中で中心において考えています。来客者にはまず栃木酒をおすすめします。地元の酒屋は、地元の酒を中心におき、全国の酒もありますよっていうのが、地酒ショップだと思いますし専門店の使命だと思っています」。目加田商店には、栃木酒が半分以上を占める。
 「10年前までは、お客さんの大半は『栃木の酒はちょっとね』と言っていたのが今では逆転し、お土産に栃木の地酒を持っていきたい」と激増した。
 自ら日本酒ファンで、一日に2合程度飲む。利酒師でもある目加田さんは、栃木県代表として全国選手権にも出場。
 栃木酒の魅力は「硬水、軟水と水系がバラエティー豊かなことから、同じ県内の酒でありながら味に幅があることです」。
 発足して10年の栃木の地酒応援団(20人加盟)では、今も年に2、3回は集まり勉強会を継続。「当初は、私との温度差もありましたが、毎年レベルが上がってくるのが分かりうれしくなります」。今年の秋、自ら蔵元を訪ね歩き取材、酒販店の業界紙では「有望四銘柄・蔵元杜氏」を5ページにわたって紹介。多方面から栃木酒を応援している。

 ■酒々楽会会員酒販店 ◇猪瀬酒店(上三川町上蒲生☎0285・56・2112◇伊勢元酒店(宇都宮市峰☎028・634・9550)◇近清大野商店(宇都宮市本町☎028・622・3450)◇駒村商店(宇都宮市御幸町☎028・661・2727)◇越後屋(宇都宮市松原☎028・622・3764)◇すずめや酒店(宇都宮市雀の宮☎028・654・1310)◇鈴木酒店(宇都宮市新里☎028・652・0068)◇雀宮虎屋酒店(宇都宮市南高砂☎028・653・0157◇田村酒店(宇都宮市今宮☎028・684・5651)◇きくや酒店(宇都宮市新里☎028・652・2960◇金子酒店(宇都宮市兵庫塚☎028・653・5527)◇リカーショップ松本(宇都宮市南大通り☎028・633・4537)◇目加田商店(宇都宮市一番町☎028・636・4433)◇一里屋支店(宇都宮市双葉☎028・658・0704)◇吉川商店(宇都宮市西☎028・633・2973)◇押久保酒店(宇都宮市高砂☎028・653・0243)

【2007年10月19日1面掲載 記事・写真/野田武志】

 
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15日まで成井恒雄作陶展
2008-01-08 Tue 11:06
なるいさん


無理通さず、出来たなり

 「創意工夫のない仕事は嫌だね。廃業したほうがいい」。新しい技術の発見には努力は惜しまないと話す成井恒雄さん=写真=(68歳、益子町城内坂4344―6、☎0285・72・3482)は、明治時代から続く円道寺窯の三男に生まれ、中学生のころから家業を手伝い、31歳で分家独立した。円道寺窯は、職人3人、雑用2人など家族を含め10人程度の窯元だった。成井さんは、農業や雑用を行い、家業を支える仕事をこなし「職人たちからは生きる力をもらった」。
 独立した際、「薪の準備、土の準備、何もかも全部自分でやれる範囲にしなければならない」と覚悟を決め、小規模の登り窯を築いた。
 自分で好きなことをやりたいから「後継者は作らない」と当初から決めていたが、成井さんの生き方に惹かれ、30年前から弟子入りする若者が後を絶たない。
 「貧しいのが好きというわけではないけれど、生活を豊かにするための努力はしたくないね。生きて好きなことをしていられればいいやっていうのがどこかにあって」。何のてらいもなく商売は苦手と話す。
 作品に付加価値は付けたくないと言い、昔は登り窯しかなく、蹴ろくろが当たり前だったと話す。電動ろくろも購入してあるが、まだ世話になるつもりはないとも。
 作ったものは壊さない。デザインから入るのではなく、無理に形にしない。作陶は「出来たなり」。
 開窯当時、古人がダメといった登り窯の御法度を、なぜダメなのか自分の手で再確認することから始め、東京の美術館に足しげく通い古人の仕事を確かめた。「自分がやりたいことは初めから決まっていた」。益子の土と益子の釉薬。
 「便利や使いやすさを求める人たちには合わないみたいだね」。蹴ろくろに向かうときが一番楽しいという成井さん。作品は一つとして全く同じ物は無い。
 6日から15日まで、上三川のぎゃらりぃ萌で作陶展を開く。問い合わせは☎0285・53・0638。



【2008年1月4日2面掲載 記事・写真/野田武志】




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2008-01-07 Mon 14:13
雪だるまころ1






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