病魔退散を祈願
ヤマザクラの下にたたずむ桜本地蔵と供養塔 県道宝積寺・太田線、高根沢町の「元気あっぷ
むら」を道なりに東に進み、亀梨地区の寺院の先を右折。杉木立の中の坂を下りきった所に、桜本地蔵がある。名前の通りヤマザクラの古木の下に、2体の地蔵尊が安置されている。そこは法華経の一字一石が埋められた経塚でもある。
お地蔵さま脇に立つ供養塔は、享保3年(1718年)に建てられたもので、碑としては高根沢最古といわれている。
刻まれた碑文を要約すると、桜本地蔵はいつのころ造立安置されたかは不明だが、昔からご利益のある仏として深い信仰を集めていた。長雨で作物は穫れず、疱瘡(ほうそう)が流行して人々が苦しんでいた享保3年、了念という僧侶が発願し、念仏を唱え四方を托鉢しながら浄財を集め妙法蓮華経を書写し、土塔の中に埋納、病魔退散の祈願所とした?という内容が刻まれている。
桜本地蔵は、子授けや安産、子育てにご利益があることで知られ、今も近在ばかりか県外からも子宝に恵まれない女性たちがお参りにくる。この土地の所有者で、地蔵の管理も行っている鈴木利二さん(65歳)方では、昨年10月、女の子の三つ子が誕生。まさにお地蔵さまの霊験あらたか?といったところである。
亀梨地区では、現在も供養日の毎年4月24日には、桜本地蔵に近所の人が料理を持って集まり、ささやかな宴を開く。その際、そばの祠で、神のお告げにより土中に埋もれていた地蔵菩薩が現れ、村人たちの信仰を集めるまでの様子を詠んだ「桜本地蔵尊和讃」を唱えるのが習わしという。
地蔵を守る鈴木さん【2006年7月21日2面掲載 文・写真/大栗隆】